夏の旅の思い出と、未来へのまなざし

今年の夏のはじめ、久しぶりに南の島へ向かいました。
南へ行ったはずなのに、その日の天気予報では「日本でいちばん涼しい場所」。

出店もなく、ただ旅を楽しむつもりだったのに、三つの台風に囲まれて動きも制限され…。
それでも、ゆったりと流れる時間の中でふと気づいたのは、季節があべこべなら、自分自身も少しあべこべだということでした。

心のざらつきと、言葉にならない思い

日々あふれる言葉や情報に触れると、心がざらついたり、不安が増すことがあります。
未来への希望を探しても、明るい兆しはなかなか見つけにくい。

思いを書きとめようとしても、オブラートに包んでいるうちに別のものになってしまい、筆が止まることもあります。


そんな中のさいきん出会った、心に残る仏典の一節。

「意は、すべてのものの先導者である。
意が支配し、意によって作られる。
もし、汚れた意をもって語り、行為するならば、
苦しみは、そのあとを離れない。
あたかも、車輪が車の牛の歩むところにつき従うように。」

つまり、未来は運や偶然に左右されるのではなく、今この瞬間の心のあり方や行いが、そのまま未来へつながっていくということ。

雷嵐の中車をすすめるとジャングルに

ここ数年、お店としても個人としても、さまざまな出来事がありました。
その中で、小さな幸せに気づいたり、生の残り時間を意識して「いま何ができるのか」を思いめぐらすことも。

大切なのは、身近な日常をしっかり手綱をもって過ごすこと
たとえ「あべこべな感覚」のままでも、今ここで感じたことを残していくこと。

そして、未来をちょっと明るく想像してみたり、根拠のない希望を抱いてみたり。
そんな小さなことが、未来へつながるひとつの行いになるのかもしれません。

とても立派なハーブ園も。また行きたい。